学生のための「Rio to Tokyo」開催レポート(第一部)リオ2016大会を振り返るPlayback Rio!

第一部では、リオ2016大会を振り返る「Playback Rio!」をテーマに、現地を訪れた皆さんから、リオでの活動内容について報告をいただきました。

ファインダー越しのリオ

はじめに登場したのは、東京2020組織委員会の公式フォトグラファーとして、リオ・デジャネイロに約2カ月間滞在した竹見脩吾です。現地で撮影した50万枚近い写真の中から、選りすぐりの写真を使用し、アスリートの闘志を伝えるプレゼンテーションを行いました。

竹見脩吾フォトグラファー 登壇する竹見脩吾フォトグラファー

東京2020組織委員会フォトグラファー 竹見 脩吾

私は、皆さんと同じ大学生の頃、毎週末のようにスポーツ写真を撮りに出かけていました。スポーツカメラマンとして「オリンピックを撮影したい」という夢を持ち、大学卒業後は、世界で通用するフォトグラファーになるため、バンクーバー2010大会を控えたカナダへ語学留学をしました。現地でも自主的な撮影を続けていたところ、新聞社でのインターンシップが決まり、初めてのオリンピックを経験し、また、パラリンピックと出会いました。帰国後、より一層意欲的に撮影を続け、こうして出来上がった作品(写真)をきっかけに、2020年オリンピック・パラリンピック招致活動に参加することになりました。現在は、東京2020組織委員会にフォトグラファーとして所属しています。
2020年、東京のパラリンピック競技大会の会場を満員にしたいです。世界中のカメラマンが、東京2020大会の写真を撮って、いろいろなところで発表すると思います。満員で盛り上がる観客席をぜひ撮ってほしいです。

続いて、リオ2016大会に参加した3つの大学の学生の皆さんから、報告です。

Rio2016に向けた大学生の取り組み~リオグランデ州カトリック大学の事例から~

筑波大学の大林太朗さん 登壇する大林太郎さん

筑波大学 大学院 博士後期課程 4年次 大林 太朗さん

私からは、ブラジルの学生が、大会に向けてどんな貢献をし、どんなチャレンジをして、どんな経験を得たのか、についてフォーカスして話を進めていきたいと思います。今回、私がブラジルを訪問したのには、2つの目的がありました。1つは、リオから南へ約1000km離れた、ポルトアレグレで行われたオリンピックスタディセンターの研究セミナーに参加すること。もう1つは、オリンピック競技大会開催中のリオに移動して、オリンピックの文化教育関連プログラムあるいはボランティアの調査を行うことでした。

オリンピックスタディセンターとは、IOCのもとで19か国に設置されている39の研究教育センターであり、哲学的な研究、歴史学あるいは教育学、様々な観点からオリンピックという文化を学術的に研究しています。今回、筑波大学のチームは、東京2020大会に向けたオリンピック・パラリンピック教育をテーマに、各国の代表の方々と意見交換を行ってきました。リオに移動してからは競技もいくつか見ることができました。

町中では、カンデラリア教会の聖火、市内ではブラジルや南米のコーヒー展等の文化の展示を見たり、ボランティアの様子を取材したり、オリンピックパークに設置された競技の体験ブースを見ることができました。もちろん、競技が注目の的にはなりますが、オリンピック・パラリンピックの競技期間中は、町中でムードが漂い、いろいろな仕掛けが施されていたのがとても印象的でした。

ナショナルデータによると、ブラジルには、301の国公立、2,000を超える私立大学、短期大学があります。今回は、リオグランデ州カトリック大学の事例から見ていきたいと思います。このカトリック大学の体育学部にあるネルソン教授の研究室は、オリンピック、パラリンピックの事を様々に検討しているグループを持っており、学生が様々なチャレンジを行っていました。取材を進めると、おおよそ以下3点にポイントが絞られることが分かりました。

1つ目は翻訳です。
ブラジルの公用語はポルトガル語で、思った以上に英語が通じなかったというのが本音です。今回、カトリック大学の学生は体育スポーツ系の学生でしたが、外国語の専攻を持つ他大学と協力して、クーベルタンのオリンピズムに関する書籍を翻訳し、他の大学生あるいは一般の方々に哲学を広めようというプロジェクトを行ったということです。こういった、大学の枠を超えた連携というのも特徴的だと思いました。

2つ目は課題研究です。
オリンピック・パラリンピックをテーマにした様々な卒業論文・修士論文、あるいは共同研究が行われていたことが分かりました。具体的には、「ワールドカップとオリンピックを契機とした、ブラジルのナショナルアイデンティティの再考」、「オリンピック競技大会の柔道に関するメディア現説に関する研究」「オリンピックバリューの妥当性に関する研究」「オリンピズムに照らした社会的なスポーツプロジェクトの関する研究」などです。大会期間中には近代五種のスタジアム調査も行われたということです。学生が学校に赴いて、オリンピック競技に関するプログラムを実施、あるいは評価を試みたり、何千人もの観客を対象にしたスタジアム調査、準備作業を熱心に行ったり、そうした取り組みを経て、課題研究の成果を他の大学で、あるいは広く一般に公開したというプロジェクトが広がりました。これは特に体育系・スポーツ系の学部に限らず、大学だからこそできる貢献、もしかしたら、誤解を恐れずに言えば、大学に課せられた使命、ともいえるかもしれません。オリンピック・パラリンピックの自国開催に向け、大学の役割というものをここで少し認識させられたような気がしました。

3つ目は、大会のボランティアです。
カトリック大学の学生も多数の方が参加したということでしたが、ここでは2人を抽出してインタビューを行いました。1人目はカミラ・グスマオさん。自転車競技会場の運営や、カスタマーサービスの担当をしたということです。このボランティアの経験に関する感想を伺うと、「やはり、世界各国から集まった人々に対してオリンピックの感動を分かち合うことができた、その嬉しさをシェアすることができた、それが一番嬉しかった」と話してくれました。2人目はキャロリン・ブルースさん。この方は、オリンピック・パラリンピックの両方の大会でボランティアに参加したということで、選手村の運営の補助、あるいは国際連携チームとして役割を果たしたということです。キャロリンさんは、大会2年前に大会ボランティアをやりたいと応募をしたわけですが、あえて国際連携チームを選んだそうです。理由を聞いたところ、「英語が苦手だったから」というわけです。要するに、オリンピック・パラリンピックの機会を活かして、自分の苦手だったスキルをアップしようと、英語を克服しようと、2 年間かけて研修や試験を経て様々な経験値を積んできたということが分かりました。感想においても「この歴史的な瞬間に立ち会えてとても嬉しかった」と話してくれました。

こういった形で、今回カトリック大学の事例に照らして、3つの観点で大学の役割、あるいは大学だからできる経験というものをまとめてきました。書籍資料の翻訳、課題研究、このあたりはアカデミックな機関としての、大学だからこそできる役割、経験、ここに重きをおいてこれからの大学連携を行っていくこともひとつの案かもしれません。

私たちがみた Rioパラリンピック2016

上智大学の千葉佳奈子さん、鈴木章大さん、磯部翔平さん スライドを用いて演説する学生たち

上智大学 リオパラリンピック調査団
グローバル・スタディーズ研究科 地域研究専攻 博士前期課程 1年 磯部 翔平さん
外国語学部ポルトガル語学科 4年 鈴木 章大さん
外国語学部ポルトガル語学科 4年 千葉 佳奈子さん

(鈴木さん)
私たちリオパラリンピック調査団の目的は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて、大学がどのように関われるかを探ることでした。その中で現地の大学の取り組みを知ることは非常に有意義でした。訪れたPUC-RIO(リオデジャネイロカトリック大学)は、社会包摂を目的とし、その活動にスポーツを取り入れていました。PUC-RIOは、リオのガベアという富裕地区に位置する私立大学です。富裕層の学生が多い一方で、隣接する地域には、ホシーニャというファベーラ(ポルトガル語でいうスラム街)があります。富裕地域と貧困地域の中間に位置する大学です。このPIC-RIOで行われていたのは、「Para Incluir」、日本語で、「包摂のために」というプロジェクトでした。

ホシーニャ総合競技場では、経済格差のある両者のスポーツ交流の場を設け、それを大学が運営・支援していました。ここで重要なのは、スポーツ交流の場にパラリンピック競技を取り入れていたことです。今まで、認識されていなかったパラリンピック競技の魅力を広めるとともに、障がい者スポーツ、または障がい者をより身近に感じることで、子供たちの意識改革に繋がったのではないかと考えます。このプロジェクトは、パラリンピックへの意識改革をするだけでなく、異なる社会階層の子供たちが交流することにより、ブラジルの社会問題である経済格差による差別や偏見をなくす一歩になっていると感じます。

実体験に基づく意識改革は、2020年のパラリンピック競技大会に向けて東京の成すべきことの1つであると私は考えます。私自身も今回の現地調査で、初めてパラリンピック競技を目にしました。選手たちの躍動感や技術の高さ、またオリンピックとは異なる、独自の新鮮さを目の当たりにし、これまで持っていたパラリンピックへのイメージを根底から覆す「気づき」を得ることができました。こうした意識改革を今後4年間でどれだけ啓発できるかが、2020年のパラリンピック競技大会の成功を左右するのではないか。そこに大学が豊富な人材や設備を活かして参加する場面が大いにあるのではないか、と感じました。

(磯部さん)
競技場以外のパラリンピックの盛り上がりについてお話しします。私たち調査団は、パラリンピック競技大会開催の3日前に現地入りしました。空港に降り立った時から、熱気あふれるブラジル人を期待していましたが、第一印象は、「あれ?こんなものか?」といったものでした。空港には目立ったパラリンピック競技大会の宣伝はなく、コパカバーナ地区にあるホテルに移動する際にも、宣伝広告はありませんでした。開会式当日の日中に行った、コパカバーナビーチでは、人々は普通の日常を楽しむように、スポーツを楽しんでいました。そこで、偶然、聖火リレーに遭遇し、パラリンピックトーチをもった選手が誘導者とともに現れました。誘導者が音楽を流すと、スポーツが大好きで、盛り上げ方を熟知しているブラジル人は、一瞬にしてその場をお祭りモードに変えました。

当初、リオでは、チケットの売れ行きが伸びないと心配されていましたが、結果、ブラジル人が購入できるチケットは完売になり、大成功をおさめました。国籍に関係なく、瞬時にその場にいる全員が全力で応援しお祭りモードに入れるのが、ブラジル人の良さではないかと思います。そして、会場の外の出来事も盛大に盛り上げられるブラジル人が、競技場で応援すると、まさに、ものすごい熱気に包まれます。パラリンピック選手はその瞬間、障がいを忘れ、1アスリートとして競技に打ち込めるのではないかと思います。今回の調査を通じ、人が人に伝えていく力を感じました。

(千葉さん)
私たちは、水泳・車椅子バスケットボール・ブラインドサッカー・車椅子テニスを観戦しました。どの競技場も大いに盛り上がっていました。観客が少ないところもありましたが、すごい歓声で、すべての競技において、国も勝ち負けも関係なく盛り上がっていました。水泳では、小さな子供が選手の名前を叫んで一生懸命応援し、大人にもウェーブを促していることが印象的でした。車椅子バスケットボールの日本対トルコの試合では、会場は多くのカリオカ(リオ市民)の若者で溢れていました。私たちが日本人とわかると、気さくに声をかけてきて、写真撮影を求められたり、一緒に「ニッポン!ニッポン!」と大きな声で応援をしてくれました。

ブラインドサッカーは、試合中は静かに観戦しなければならないですが、観客は声援やブラジルコールをやめられずに怒られていて、同様に車椅子テニスでも選手の名前を叫んで応援し、審判に怒られていました。ところが、ルールが分かると観客同士で静かにするように注意し合っていました。日本で「静かにしてください」というと、ほんとに静かになってしまうと思いますので、これはさすがだなと思いました。日本人の得意とするルールを守るということに、カリオカのスポーツを全力で楽しむことをプラスして、東京2020大会で素晴らしい観戦ムードを作り上げることができたらいいなと思います。

今回、リオで、アスリート、運営スタッフ、ボランティア、観客、全ての人からスポーツの楽しみ方、ポジティブ思考でチャレンジすることの大切さを学びました。そのほかに、私たちは、ANDEF(ニテロイ市にある身体障がい者協会)、CVI-RIO(リオデジャネイロ障がい者自立生活センター)を訪れました。ブラジルの社会的包摂に関する様々なことを学び、体感することができて、とても実りの多い調査となりました。この経験を、東京2020大会に活かしたいと思います。

学生から見たリオ大会レポート~大会ボランティア~

東京外国語大学の池田杏奈さん、新山美紗子さん リオ2016大会でのボランティアユニフォームを着て登壇する学生たち

東京外国語大学
言語文化学部言語文化学科 2年 池田 杏奈さん
国際社会学部国際社会学科 2年 新山 美紗子さん

(新山さん)

私たち東京外国語大学の学生は、Language Service Team、日本語で言うと通訳ボランティアというチームに配属されました。主な仕事は、日本語と英語間の逐次通訳およびそのサポートでした。オリンピック・パラリンピックの公用語は英語で、日本人選手が海外メディアにインタビューされる際に、選手の言葉を英語に訳すという仕事がありました。オリンピック・パラリンピックには、運営を支える何万人ものボランティアがいますが、その職種も様々で、通訳もそのひとつに過ぎません。
ユニフォームの色で仕事が分かれており、赤が医療ボランティア、黄色が運営側に携わるボランティア、緑がチケットの確認、誘導、セキュリティなどのイベントサービスチーム、青は競技サービス、審判です。私たちは様々な会場に派遣され、例えば卓球女子会場では女子団体の福原選手、石川選手、伊藤選手、体操会場は男子団体、競泳選手は萩野選手、瀬戸選手など、様々な活躍の場に立ち会って通訳を行いました。競技会場以外にも、選手村、メディアの方がいるビルで、言語面のサポートも行いました。

(池田さん)
私は、パラリンピック競技大会にボランティアで参加しました。ゴールボールが行われたフューチャーアリーナは、日本のメディアが多く来場していたことが特徴的で、2020年に向けて、日本人選手のみならず、外国人選手にも多く取材を行っており、例えば、同性婚をしたアメリカのアイサ・ミラー選手は、パラリンピック選手としてだけではなく、同性婚をした選手として2020年に何を期待しているか等も聞かれていました。フューチャーアリーナのボランティアチームには、ブラジル人が多く、チーム内の言語はポルトガル語でまったく理解できなかったため、マネージャーに英語で話してほしいと伝えたところ、翌日の会議から英語になりました。積極的に自分の思いや意見を伝えることの重要性を感じました。

サイクリングが行われたポンタル会場では、ドーピング検査の補助や、観客席の応援旗に不適切な記載がないかを確認するための翻訳を行っていました。なお、ポンタル会場では最終日に衝突事故や死亡事故などによる混乱が起き、コース変更がありましたが、変更については、選手だけでなく、公式放送にも伝わっておらず、当然ボランティアにも伝達されず情報共有においては改善の余地があると感じました。水泳が行われたアクアティックススタジアム会場では、オリンピック競技大会からの施設変更点が多くみられ、例えばインタビュー場所に建てられた塀の高さが低くなっていたり、車椅子が通りやすいように取り外されたりしていました。

(新山さん)
世界各国の様々なバックグラウンドを持ったボランティアが、1つのチームとなって仕事をするためには、日本とは違った働き方が求められることを実感しました。リオセントロ会場では、100人以上のボランティアがいて、全体業務を把握している2人のマネージャーはボランティアからの積極的な姿勢を求めていましたが、私たちはマネージャーを煩わせないように、指示を待っていたところ、日本人は消極的でやる気がないと思われシフトを減らされました。ブラジル人の積極的な姿勢の文化と、日本人の空気を読む文化の違いを最初はお互いに理解できず、違いを埋められなかったと考えています。4年後の東京2020大会では、逆のことが起きると思いました。人数は日本人ボランティアが多いと思いますが、海外からのモチベーションが高いボランティアと1 つのチームとしてどう活動していくのかは、4年後に向けて意識していく必要があると考えています。

(池田さん)
通訳ボランティアは英語が話せることが大前提であり、それに加えて複数の言語が話せることが期待されていると感じました。また、私は元々リオセントロ配属でしたが、ポンタルやコパカバーナなど、色々な場所へ派遣されましたが、派遣先は当日の朝に急に連絡くる仕組みだったため、競技や選手についての知識が欠如していたことが非常に問題点であると感じました。Language Service Teamについては、大会における認知度が非常に低く、派遣されると、非常に驚かれることがあり、もっと活用してほしいと感じました。
現地での体験や調査を元に、リオでの大学生の活躍が伝えられ、また、東京2020大会へ向けた取り組みについても、たくさんの提案がありました。

青森大学 新体操部の皆さんとのミニトークショー

青森大学新体操部の中田吉光監督 青森大学新体操部の大岩達也さん 青森大学新体操部の左右木星斗さん

青森大学 新体操部
中田 吉光 監督
社会学部 3年 大岩 達也さん
経営学部 3年 左右木(そうき) 星斗さん

2016年8月21日、リオ2016大会の閉会式にて「フラッグハンドオーバーセレモニー』が行われました。フラッグハンドオーバーセレモニーとは、次回開催都市にオリンピックフラッグ、パラリンピックフラッグを引き継ぐセレモニーです。フラッグの引き継ぎの際、次回開催都市による8分間のプレゼンテーションが行われました。

セレモニーにご出演された皆さんをお迎えし、ミニトークショーを行いました。

リオ2016オリンピックフラッグハンドオーバーセレモニーメイキング(別ウィンドウで開く)

(司会)メイキングムービーを見て
(中田監督)

「先週、青森は雪が降りましたが、暑かったあの頃を思い出します。200か国、20億人を超える方々に、こういう競技があるんだということを知っていただく機会をもらい、嬉しく思っています。」

(司会)出演オファーを受けて
(大岩さん)

「嬉しく思いましたが、最初は、国を背負って演技を披露することに、不安が襲ってきたのが正直なところでした。終わってみると、世界や日本の皆さんからの評価が高く、この競技を広めることに自分が役立てたのかなと思うことができました。」

(司会)パフォーマンス中は、どんな気持ちだったか
(大岩さん)

「今もそうですが、自分は試合中でも膝がガクガクするような緊張症です。普段の試合や発表とは桁違いの視線を感じました。しかし、そんな中でも緊張よりも楽しさのほうが優っていたのが、自分でも不思議な感想です。」

(中田監督)
「リオではちょうど雨が降っていて、練習中にはなかった手袋をしていたので、抜ける可能性があるのでは、と心配しながら見ていました。」

(司会)学生生活、競技者生活、そして世界に向けた大舞台を達成するためのエネルギーの源とは
(左右木さん)

「自分の中では、家族の存在が一番大きなエネルギー源になったと思います。親元を離れて過ごしている分、沢山迷惑をかけているので、頑張っている姿を見てもらって恩返しをしたいという思いがあります。家族も出演をとても喜んでくれて、「ついに、世界に立ったね!」といってくれました。また、監督が本番は現地に来られなかったので、テレビで演技を見せたいという強い思いをもってやりました。」

(司会)東京2020大会に向けて、どんな形で参加していきたいか
(大岩さん)
「自分は、将来、教員になり子供たちに勉強も勿論ですが、新体操を教えたいと思っています。4年後は、現役は引退しているので、その時にはオリンピックを通じて教え子に、夢と希望を与えられる役割を果たしていきたいと思います。」

(左右木さん)
「日本には、オリンピック競技ではないが、男子新体操という素晴らしいスポーツがあるということを世界中の人に知ってもらいたいです。4年後も、何らかの形で関わっていければと思います。」