室伏広治選手×国枝慎吾選手 トップアスリート対談!(第2回/全3回) 

取材・構成 スポーツライター 増島みどり 
写真協力=陸上競技マガジン(ベースボール・マガジン社)

国枝:実は数年前から下半身強化を始めました。9歳で脊椎に腫瘍が見つかり車椅子を使ってきたので、もし、足に負荷をかけたりしたらもろく壊れてしまうのではないかとずっと臆病でした。ひざまでは動くんですが、周りも皆、ボクの下半身について触れることをタブー視していましたから。

室伏:車椅子なのに下半身強化しようと考える発想が凄い。38歳まで、運動療法や、体の使い方を修正し、運動が正しい形に戻るようにしたことで競技人生を続けています。運動パターンを変えることで改善すれば、体の形態も変わります。広い視野で専門家の意見を聞くことも競技の一部です。その結果、体調、コンディションを重視すれば競技歴も長くなることを、自分の身体で実証しています。

国枝:長いだけではなく、ボクが初めて五輪を意識し始めたシドニーから出場し結果を出していらっしゃる。

室伏:初めてオリンピックを意識したのは、父が84年のロサンゼルス五輪を目指し現地に一緒に住んでいた頃です(重信氏はロス五輪で日本選手団の旗手を務め14位になる)。街中が五輪への期待感や盛り上がりで活き活きしていた。その中で、オリンピック選手になってみたいと心から思えたことがきっかけでした。性別、年齢、競技に関係なく、一人一人が長く、競技を楽しんで、自分なりの記録の向上や上達を楽しむ。それを支えてくれる社会が理想ではないでしょうか。五輪の開催が、国民のスポーツの発展や底上げに必ず貢献するとボクは思っています。

国枝:3月の「2020年東京オリンピック・パラリンピック招致」のIOC(国際オリンピック委員会)現地視察ではプレゼンテーションもしましたし、猪瀬都知事とのラリーも経験させてもらいました。IOC評価委員が到着するまでの時間(有明テニスの森)、知事と練習をしたのですがなかなか決まらなかった。ところが本番になったらビシッと決められたので、知事は本番に強いな、と感心しましたね。あそこに至るまでにも一生懸命練習をされていて、知事のスポーツに対する姿勢が素晴らしいと思いました。

室伏:今回のパラリンピック招致案では選手の意見を直接反映しています。選手村はもちろん、バリアフリーに都市全体で取り組もうとする意識は重要なポイントでしょう。国枝さんのような方が是非、社会全体の改革にも助言して下さることを願っています。大きな建物の設計からエレベーターのボタンひとつに至るまで、オリンピアンとパラリンピアンが一緒に構想を練っている姿こそ、オリンピックの理想形ですよ。


(トップアスリート対談 第3回へつづく)
ラケットを構える室伏広治選手

写真提供:陸上競技マガジン(ベースボールマガジン社)

ハンマーを手にした国枝慎吾選手

写真提供:陸上競技マガジン(ベースボールマガジン社)